野口医院
2020-7-12

7月のレコードギャラリー(ニーナ・シモン)




 ジャズの枠に収まらない表現力で世界を魅了した黒人女性シンガーニーナ・シモンです。

 1933年生まれ、4歳からピアノを弾き始め、彼女の才能に惚れ込んだ周囲のバックアップを得ました。ジュリアード音楽院でレッスンを受けながら、黒人であったために差別されを受けながらも、シモンはピアノの講師などで生計を立てようとしますが、生活は苦しかったようです。クラブでピアノの伴奏者として働いている時、そのクラブのオーナーに薦められ歌い始め、やがて名前をニーナと改め、尊敬するフランスの女優、シモーヌ・シニョレに因んで、ニーナ・シモンが誕生したのでした。その後BETHLEHEMレコードのプロデユーサーガス・ウィルディに認められ”First Recoding”(1957年)を発表「I Love You Porgy」がヒットしました。私自身もこのレコードを知ったときには廃盤で中古レコードを探したものでした。
歌手としてもですが、ピアニストとしても素晴らしく何より弾き語りの旨さには驚嘆します。彼女の特長は、ポップス、ソウルミュージック、R&Bを横断するとてつもないスケールでジャズと言う枠にとらわれない表現力が魅力です。
 その後COLPEXと契約、「禁断の果実」「ニューポートのニーナ・シモン」「シングス・エリントン」など10 枚の作品を発表、特にライブ盤での彼女のエキサイティングな歌や演奏での真価が発揮されています。特に60年代では黒人公民権運動にも参加するなど、女性解放時代の先駆者と言うべき歌い方に徹し、時代をリードし精力的な活動を見せました。フィリップスに移籍、その後RCAと契約、また自主レーベルなどスタンダードやオリジナルなどにこだわりはなく限りなくレパートリーの幅を広げて行きました。
1970年以降は、フランス、オランダ、南米やアフリカのリベリアを転々としました。
 当時の作品では、“Here Comes The Sun”(RCA1971年)を良く聴きます。ジョージ・ハリソンの楽曲、シナトラ「May Way」など心暖かく、ゆっくりと歌い上げています。
 1987年、シャネルが自社の代名詞的香水ブランド「No.5」のCMソングに採用したことをきっかけに、“My Baby Just Cares For Me”がヒット。
2000年を過ぎてからはフランスに居を構え、新たに活動を活発化させて行きますが、乳癌による闘病生活の末、2003年4月21日、フランスの自宅で70年の生涯を終えました。
 2015年『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』世界最大手の映像配信サービス「Netflix」が制作したニーナのドキュメンタリー映像『ニーナ・シモン~魂の歌』と連動したプロジェクトから生まれた作品です。ローリン・ヒルが歌っています、黒人公民権運動に傾倒する事で、メインストリームの音楽シーンにおいて彼女は存在感を失っていく。黒人の、しかも女性のミュージシャンであるニーナの政治的なメッセージがある意味、アメリカ社会の現実として本作は大きな話題となりました。
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