野口医院
2018-9-29

9月のレコードギャラリー(セシル・テイラー)




今月は、フリー・ジャズピアニストのセシル・テイラーです。
 
 フリー・ジャズ・ピアノの巨匠、セシル・テイラーが、米現地時間今年の3月25日(日)にニューヨークの自宅で亡くなっていたことが報じられました。89歳。現在、死因は明らかにされていない。
 1929年、米ニューヨークで生まれたセシルは6歳でピアノ演奏を始め、1950年代にはスウィングやR&Bグループで演奏。1955年には初のリーダー・アルバム『Jazz Advance』(55年Transition)をリリースしました。以来、“フリー・ジャズの先駆者”として、革新的な演奏と音楽構成でジャズに新たな可能性を切り拓いて来ました。パーカッシブであり、ダイナミックで叩きつけるような奏法で、ジャズピアノに革命をもたらしたのでした。その後『GIGI GRYCE-DONALD BYRD JAZZLABORATORY&』(57年Verve)で出されたCECIL TAYLOR QUARTETではスティ—ヴ・レイシ—(SS)と共演しエリントンのレパートリーをバップスタイル演奏しています。『COLTLANE TIME』(58年UA)もともとはセシル・テイラーのリーダー作として『HARD DRIVING JAZZ』のタイトルでリリースされながら、そのセッションには当時注目を集めていたジョン・コルトレーンが参加していることで、その後コルトレーン名で再リリースし、それが一般的になってしまったというアルバム。音楽はハードバップなので、スタンダード等をプレイするセシル・テイラーが聴けるという貴重な一枚。
 『LIVE AT THE CAFE MONTMARTRE』(62年DEBUT)『NEFERTITI』(62年FREEDOM)デンマークの名クラブ、カフェ・モンマルトルでの熱演を収録した名盤。アルト・サックスのジミー・ライオンズと、ドラムスのサニー・マレイとのトリオ。空気の中を貫くようなベクトルと一瞬のひらめきの連続によるインプロヴィゼーションが展開されています。鬼気迫るパフォーマンスには脱帽。後の山下洋輔トリオにも影響を与え、同様のユニット編成で活躍しています。有名なブルーノ—トから66年『UNIT STUCTURES』『CONQUISTADOR』の2枚の作品ですが個人的には後者のアルバムの方が比較的穏やかで落ち着きのある音楽になっていて良く聴くように思います。『THE JAZZ COMPOSER'S ORCHESTRA/“Communications”』(68年JCOA)トランぺッター、コンポーザーのマイケル・マントラーのディレクションでレコーディングされたアヴァン・ギャルド・ジャズの傑作とされています。それぞれの曲にソリストをフィーチャー。大音量の集団即興のサウンドの中、圧倒的なプレイで独特の存在感を醸し出されています。73年以降より自己の世界観を作るためにソロの活動も行うようになります。彼のソロの演奏の特長は、即興時で有っても基本テ—マに対応しどこか一定の枠みたいなもを感じます。どんなに激しく変化するところであっても、最初に示す基本テ—マの変奏であって、そこははみ出すことはないように聴かれるのですが、『INDENT』(73年FREEDOM)彼の作品の中では比較的聴きやすいように感じます。しかし最終的には崩れ落ちて行く様は彼ならではですが、『Silent Tougues』(74年Freedom)この作品も彼のタッチの正確さ、音と音とのあいだの緊張感、それを次の瞬間に、不必要だと言わんばかりに破壊して行くパワーは独自の世界へと引き付けて行きます。
 ドラムのトニ—・ウィリアムス『The JOY OF FLYING』(79年Columbia)トニ—の要望から生まれた1曲だけDuoで参加、二人の一騎討ちが聴きものです。
 尚、生前の5年間は、数回の公演しかおこなっておらず、2016年にニューヨークの「ホイットニー美術館」でおこなわれた記念コンサートが、セシルの生前最後の公式公演でした。そのキャリアの中で数々の賞も受賞しており、1975年には米ダウンビート誌の「国際ジャズ名声の殿堂」に選ばれ、1990年には“最も栄誉あるジャズ音楽賞”として知られる「NEA Jazz Master」を受賞。日本では、2013年に科学や芸術の発展に寄与した人物に贈られる「京都賞」を受賞していています。そもそもフリー・ジャズはリアルに生で聴くのがベストとされていますが、彼を聴く機会が持てなかったのは、非常に残念です。
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