野口医院
2018-6-2

6月のレコードギャラリー(ジミー・ラッシング)




今月はジャズ/ブールスのジミー・ラッシングです。
 "Little Jimmy"の愛称で親しまれ、独特のビートによる絶妙のスイング感、またブルースのカテゴリーを超越したボーカルリストだと思います。彼を映像的に見たのは米国CBS放送で放映された「THE SOUD OF JAZZ」(1957年)です。風貌も含めてた人間的魅力を感じ取れました。
 音楽一家に生まれ、父はトランペッター、母と叔父は歌手だったそうです。高校で音楽理論を学び、同世代の黒人音楽家としては珍しいようです。
 そもそもはピアニストとして活動していたようですが、1920年代から1930年代にかけてジャズの一大拠点だったカンサス・シティで活動、1924年に彼が在籍していたバンドのヴォーカリストが演奏中にヴォーカルを取るように提案。試しに歌ってみたところ、ラッシングによると「私の中で何かがはじけてしまったんだ。その瞬間からヴォーカリストになったんだ」とのこと。眠れる才能が目覚めたということになるのでしょう。
 後にJelly Roll Mortonのバンドにも在籍した。1930年代、ベイシー楽団の専属歌手になって彼の名は一役有名になります。ベイシー・バンド解散後、一時的に引退、その後自身のグループを結成し復帰。時は1950年代中盤ですのでモダン・ジャズ黄金時代ですが、ソロ・シンガーとして活躍。スウィング・ジャズ畑のために当然自身のフィールドも、昔ながらのスウィング系バンドを率いて作品を発表しています。
 60年代ベニー・グッドマン、エディ・コンドン等と共演、60年代末「ハーフノート」のレギュラーとなります。ジャズシンガーと言うよりフォークブルースシンガーと言った方が良いかもしれないですが、彼の黒人特有の首も回りにくいような体躯から繰り出されるスウィング感あふれるボーカルが最高です。この強烈な体躯と大きな目の人なつっこい顏貌が忘れられません。
 72年白血病でこの世を去るまで、この肥満で良く生きられたものだと感心します。"The Jazz Odyssey"や 同じ(COLUMBIA盤)で個人的に最も好きなカバーのアルバムム“Rushing Lullabies"まずカバーの籐椅子にちょこんと腰掛けてカメラに微笑んだ顔に愛着を感じて何とも言えませんね。サイドAのオープニングは ベイシーと彼の共作の"You Can't Run Around"です。ギターのフィルインに導かれはじまるスローブルースが彼のボーカルの真骨頂です。"Deed I do", "PinK Champagne"などでも彼の深いブルースフィーリングを味わえます。サイドBではラストでの名曲"Russian Lullaby"でシャウトしながらの円熟したブルースシンギングが聴かれます。
 彼をサポートするバックがこれまた素晴らしく,Buddy Tate(ts)Skeeter Best(g)Sir Charles Thompson(org)Ray Bryant(p)Gene Ramey(b)Jo Jones(ds)のセクステットで特にテイトのアーシーなテナーが好調です。Skeeterのギターも効いていますね。 存在自体がブルースと言った感じのカバーと思います。他に早期のデッカ時代が良いのですが、音源そのものが入手が難しいです。この頃のブルース、ジャンプをガンガンやっているのが印象的です。
 つまり30年代ですね。また異質なアルバムが存在します。"Brubeck and Rushing"【1960】です。正直合うのかとも思うのですが、そこはデスモンド(as)を初め中々の出来栄えかと思います。VANGUARD盤、COLPIX盤など良く聴きますが、何より遺作となったRCAの"The You and Me That Used to Be"などが彼の代表作として知られています。彼が亡くなる1年前に録音したものですが、声の張りは衰えた感は脱ぐえないまでも、年輪から来る表現力が増しバラードは最高です。一聴の価値有りかと。
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