野口医院
2017-12-2

12月のレコードギャラリー(ジョン・コルトレーン①)




 今月と来月は、分けてテナ—サックスの巨人ジョン・コルトレーンです。今年で没後50年となります。長い間無名のままでいたため、第一線で活躍した期間は初リ—ダ—アルバムから、10年余りでありましたが、自己の音楽に満足せずに絶えず前進を続け、40歳でこの世を去っています。
 短い活動期間にも関わらず、アルバムは200枚を超える多数の録音を残しました。彼の残したレコードはほとんどが廃盤にはならずに再発売される形で現在でも流通し続けています。
 学生の頃、当時の先輩からインパルス盤の諸作品を聴かされましたが、彼のロングプレイと重い熱烈なそして破壊的な音色はこれもジャズなのかと昨日の事のように思い出されます。時は、丁度死後10年ほどが立ち、時代はジャズと言う音楽が多様化し聴くものにとっても選択が難しい頃でもありました。彼の音楽を理解したいが、理解しきれない自分がいる訳ですが、ただ自業自得の中である意味必死に格闘する姿は、何故か共感が持てたのは私だけでしょうか。
 サックスのジョニー・ホッジスやレスタ—・ヤングを敬愛し、オーネット・コールマンを尊敬していたようです。プレスティジにリ—ダ—アルバム以外にも多数参加しています。しかし評価はあまり良くなかったようですが。猛練習により自己の資質を開花させたのでしょう。
 特にマイルス・デイビスグループでの一連のセッションは少し荒削りですが素晴らしいと感じます。同時期に麻薬中毒も克服したとか。
 初リ—ダー『Coltrane』では「Violet For Your Furs」、『Lush Life』の「Like Someone In Love」バラードの好演ですが、"静のコルトレーン"として感情移入はせず、むしろ押さえた歌心は好きです。『&ケニー・バレル』でのデュオ「Why Was I Born」は両者の対比が面白い。またチューバ奏者レイ・ドレイバ—の作品にも参加して異彩を発揮しています。モンクとの一連の共演は彼の音楽性を飛躍的に成果を上げたと感じます。「ファイブ・スポット」にモンクバンドとして出演。リバーサイドに作品を残しています。
 評論家アイラ・ギトラーは、音を敷き詰めたようなコルトレーンの演奏スタイルを「シーツ・オブ・サウンド」]と形容しています。『Soul trane』ではこのスタイルが完成していると感じます。「I want To Talk about You」は情緒豊かに歌い上げ愛聴曲です。ブルーノートでは、ソニー・クラ—クリ—ダ—『Sonny's Crib』での彼のソロは緊張感とエネルギーを与えています。『Blue Train』では、リ—・モ—ガンの参加もあり最高のハード・バップの演奏が展開されています。一方キャノンボール・アダレイの『in シカゴ』触圧されたのか朗々と歌い上げいます。
 1959年、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』収録に参加しました。しかしソロはいつも長く、速いパッセージばかり吹き続けたため、彼の演奏はぶっきらぼうで怒っているように聴こえたことから、怒れる若きテナーマンと揶揄されることもあったようですが。詰まるところ彼の音楽に真摯に向き合う真面目な性格からなのでしょうか。またフランスのミッシェル・ルグランの作品への参加や、鬼才ジョ—ジ・ラッセルのアレンジによるモ—ダルな演奏は印象的です。ヨーロッパツアー参加後、1960年春、マイルスバンドを脱退。アトランティックに移籍し独自の音楽性を模索する試みが始まっていきます。

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