野口医院
2017-7-1

7月のレコードギャラリー(ジョー・ヘンダーソン)




 今月のレコードギャラリーは、テナーサックスのジョー・ヘンダーソンです。
 もうかれこれ40年前になりますか、学生時代にあるジャズの店で彼の初リ‐ダ‐アルバム「Page One」のレコードが店に飾られていました。おそらくオリジナル盤だと思います。良く足を運こびジャズを聴いてたのをを思い出さします。
 ヘンダーソンの初期のレコーディングはハードバップの強い影響を受けていましたが、少しアバンギャルドの様式も持ち合わせていたように感じます。間もなく彼はホレス・シルバーのバンドに参加し、ヒット作の「Song for My Father」で画期的なソロ演奏を提供。1966年にシルバーのバンドを去った後、その後、ケニー・ドーハムと一緒に活動しサイドメンとして活躍、またビッグバンドを率い、彼のビッグバンド向けの編曲は1996年の「Joe Henderson Big Band」のリリース録音されています。
 1963年から1968年にかけて、5つのリダ‐アルバムを含む、30近いアルバムをブルー・ノート・レコードに残していますが、録音は、前述の初リーダー作は「Blue Bossa」で有名な「Page One」(1963年)から、「Inner Urge」や「Mode fo Joe」(1966年)のようなより前衛的なセッションに及んでいます。さらにブルー・ノートで他の演奏者がリーダーを務めるアルバム作、例えばホレス・シルバーの「Song for My Father」ケニー・ド‐ハムの 「Una Mas」ハービー・ハンコックの「The Prisoner」リー・モーガンのヒット作の「The Sidewinder」ピアニストのアンドリュー・ヒルの「Black Fire」(1963年)バビ‐ハンコックの「Point of Departure」(1964年)、ドラマーのピート・ラロカの「Basra」(1965年)などで、サイドとしても卓越した役割りを演じています。1967年には、短期間ですが、マイルス・デイビス・クインテットに参加。しかし、このバンドでの録音は行われなかっようです。
 個人的には、ブルーノートの諸作にくらべて、たとえ同じ曲が収録されていたとしても、その内容は、後年の諸作品のソロのほうが素晴らしいと思うのですが。
 1967年、オーリン・キープニュースが新しく作ったばかりのレーベル、マイルストーン・レコードと契約、1967年から1968年の間に、フレディ・ハバードやチック・コリアと共演、特に「テトラゴン」(1968)「パワー・トゥ・ザ・ピープル」(1969)などでは、ソロはリズムとハーモニーに対していろいろなアプローチを試みており、具体的なアイデアの形で提示されていてすごくわかり易い、しかも音色が個性的で、ジャズソリストとしては最高の状態にあり、溢れ出るアイデアの感性に、聴いていてもうっとりとしてしまいます。
 そして1980年代を代表するリーダー演奏者となり、1986年、ブルーノートに復活し騒がれました。実際のところ彼は、どんな時代もほとんどスタイルを変えることなく、地道に演奏を続けていたわけで、ジャーナリズム等が勝手に言ってるだけと思う処です。このアルバムはロン・カ‐タ‐(b)アル・フォスタ‐(ds)とはいえ、ピアノがいないトリオなわけで、ヴィレッジヴァンガードのライブということもあって、ロリンズのライブ盤がよく引き合いに出されます。しかし多彩なニュアンスでピアノがいないことを感じさせないロリンズに比べると、彼は、空間を埋め尽くすような派手なフレーズもないし、音色もダイナミクスも一本調子であり。彼の演奏の特徴として、高音から低音まで同じ感じで吹く。新主流派のテナー奏者が使うフレーズの多くが彼の影響かと感じます。たとえばブレッカーやグロスマンあたりが使うと、拍手喝采になるようなフレーズも、彼が吹くと、音色やダイナミクスなどのせいで、何故か地味に聞こえる。しかし、これこそ彼の真髄なのだと思います。ブレッカーが最初の競演の時に「同じ舞台に立てるだけで興奮する」といわしめた怪物の、真価発揮しまくりのライブかと。
 後年はピアノレストリオで自在に自己の音楽を紡ぐ境地に達したりワンアンドオンリーのすごいひとだと思う処です。
 その後、ヴァーヴが彼に注目し、1990年代の初めに彼と契約を行った。大々的に広告キャンペーンを打ったことで。コンテンポラリー・ジャズ・シーンの第一人者に据えることに成功。1992年の彼の復帰作である「Lush Life: The Music of Billy Strayhorn」は商業的に大きく成功し、マイルス・デイビス、アントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュート・アルバム、ジョージ・ガーシュウィンのオペラ曲を取り上げた「Porgy and Bess」を続けて出し「 Double Rainbow: The Music of Antonio Carlos Jobim」(1994)「Big Band」(1996)と続きます。
 また日本のミュージシャンとも競演した、「In JAPAN」や 「Live in 1971- with Terumasa Hino, Masabumi Kikuchi」はライブ盤で当時熱狂的な喝采を受けとされています。
 他にもチック・コリアとの共演 「Relaxin' at Camarillo」(1979) Mirror, Mirror(1980) Roy Hargrove(tp)「 With theTenors of Our Time」(1994)Shirley Horn(vo)「The Main Ingredient」(1995)等々などは良く聴きます♪
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